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【愛のない結婚生活の悲惨な現実】本当の後悔は老後にやってくる

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精神状態が悪くなるたびに、考えてしまうことがある。

 

どうして私は産まれてきてしまったのだろうと。

 

今さらこんなことを考えたって仕方がないし、考えれば考えるほど辛くなるだけだと、わかっていはいるのです。

 

わかってはいるのですが、一度スイッチが入るとどうしてもウジウジと考えすぎてしまい、どんどんドツボにはまってゆきます。

 

今回は「どうして産まれてきてしまったんだろう・・・」と思い悩み、気持ちが病んでしまう根幹である、父と母との結婚について、書いていきたいと思います。

 

 

お見合いでなんとなく結婚したものの・・・

 私の両親はお見合い結婚でした。お見合いのあと何度かデートらしきものをしただけで、早々に結婚を決めたそうです。

 

母は、父が自己中心的で短気でズルくて怠け者で、頼りにならないダメな男だということを、結婚前からうすうす気づいていたそうです。

 

結婚前、新居となる家の庭の草むしりを皆で集まってやっていた時、父だけは草むしりに参加せず、腕組みをして見ているだけだったとか。

 

またある時は一緒に観光地へ出かけた際に、混雑していることに腹を立て、いきなり怒り出して何の断りもなく引き返したそうです。もちろんその後、謝罪の言葉なんてものは全くありません。

 

その他にも、一緒に出掛けた時に母の具合が悪くなっても、心配するどころかマイペースで自分の見たい所へ行こうとし、母が体調の悪さから付いていけないと、途端に機嫌が悪くなったそうです。

 

結婚前の短いお付き合いの中でさえも、父の性格の悪さを表す、このようなエピソードは他にも幾つかありました。

 

既に結婚前に相手の性格に気になる点が多々あったわけですから、この時点で結婚をやめておけばよかったのに、それでも母は父と結婚しました。

 

その理由は、単に『結婚』がしたかったからだそうです。

 

昔は今よりも結婚することが当たり前な世の中で、母の周りでは20代半ばくらいまでには、ほとんどの人が結婚していたのだそうです。

 

だから自分も25歳くらいまでには結婚しないと、みっともないし世間体が悪いなどの上辺を気にして、好きでもない人との結婚をさっさと決めてしまったようです。

 

加えて母には中学までしか出ていないことや、見た目に自信がないことによる劣等感があり、自分は結婚相手を選べる立場ではないと、感じていたようです。

 

けれどいざ結婚生活が始まってみると、ますます父の嫌なところが目につくようになります。

 

一緒に買い物に行きどれを買おうかと少し悩んでいただけで、「いつまで待たせるんだ!」と突然怒り出すなんてことは日常茶飯事。

 

父のお給料が安いため母も仕事をしていたので、食事の支度が遅れたり、父の入る時間までにお風呂を洗っておけなかったりなど、家事が行き届かないこともありました。

 

食事の支度が遅れると機嫌が悪くなり、「もういい、外で食べてくる」と、生活費ギリギリの生活をしているにも関わらず、父は外食に行っていたそうです。

 

自分の入る時間までにお風呂が洗っていないと、「お前は風呂掃除もまともにできんのか」と、母を怒鳴りつけたそうです。

 

このような自己中心的で思いやりのない言動が日常的にあったそうですが、それでも母は離婚することなく、それどころか子供まで作ってしまったのです。

 

 

愛のない結婚生活のその後は悲惨

私が思春期になった頃だったでしょうか。

自分の置かれている状況にあまりにも嫌気がさして、「あんな男の子供を産むなんてバカじゃないの? あんな人と子供を作ったら子供が可愛そうだと思わなかったの?」と、ひどい言葉を母にぶつけてしまったことがあります。

 

こんなひどい言葉をぶつけた私に対して母は、「子供が産まれれば変わると思ったから・・・」と、力なく答えていました。

 

そんな母の願いは虚しく崩れ去り、子供が産まれても父の自己中ぶりは相変わらずでしたね。

 

子供って家の中で走り回って遊んだり、大きな声で笑ったり泣いたりしますよね。普通の親なら子供が元気よく遊んでいたら嬉しく感じるはずだし、泣いていたら心配すると思います。

 

けれど父の場合は騒がしいのが嫌いなので、少しでも大きな声をだすと、癇癪をおこして子供に対しても容赦なくキレるのです。子供が大きな声を出すのは許せないくせに、自分はすぐにキレて大声を出すという理不尽さ。

 

普通の子供と同じようにただ遊んだり喋ったりしていただけなのに、よく怒鳴られたり叩かれたりしました。

 

その他にも呼ばれても気が付かなくて返事ができなかったり、自分が入りたい時にトイレやお風呂を使われていたりなど、少しでも父の気に障るようなことがあれば、怒鳴られたり叩かれたり、時には殴られることもありました。

 

弟が産まれてからもずっとそんな感じでしたが、父は男尊女卑的な思想が強いので、怒鳴られるのも叩かれるのも、いつも私ばかりでした。

 

そして年齢が上がるにつれて、習い事や学費などで子供により一層お金がかかるようになっても、父は相変わらず家にお金をあまり入れようとはしません。

 

相変わらず少ない給料を入れて大いばりで、母が「今後は子供にお金がかかるようになるからもう少し家にお金を入れてほしい」と頼んでも、「金・金いいやがって!」と、怒り出すのです。

 

妻や子供のために頑張って働こうという気持ちが、父には皆無だったのです。そもそも父は妻に対しても子供に対しても愛情なんてないので、「俺が頑張って幸せにしなきゃ!」といった父親・夫としての当たり前の感情を持ち合わせていません。

 

父がこんな感じだったので、母は家事だけでなく仕事も頑張っていました。フルタイムで働き、仕事帰りに買い物へ行って食事を作る。

 

朝は朝食の準備や洗濯やゴミ出しの他に、お弁当を作っていた時期もあったし、本当に大変だったと思います。寝る間をおしんで頑張っていました。

 

子供がいてもお洒落なお母さんもいますが、私の母は毎日時間に追われてクタクタだったので、お洒落などとは全く無縁で、それどころかゆっくりとお風呂につかる事さえできない毎日だったのです。

 

それに比べて父は、毎日定時で帰ってきてはゴロゴロしているだけ。時間があるのに妻や子供のために何かするわけでもなく、少しでも気に入らないことがあれば怒って暴力をふるう、本当に最低な親でした。

 

 

妻は家政婦・子供は老後の面倒を看させるための駒

そもそも父は1人でいるのが好きな人で、自分以外の人間なんて愛せません。自己愛の塊のような性格ですから。

 

それでも結婚をしたのは、家事をしてくれる家政婦さんと、老後の面倒を見させるための、子供という人材が必要だったから。

 

それに加えて、世間系を気にしてという意味もあったと思います。あの時代は特に、いつまでも独身だと職場や親戚の集まりなどに行った際、肩身が狭いですから。

 

子供の頃は父に怯えて何も言い返せませんでしたが、思春期の頃には父に言い返すこともあり、壮絶な親子喧嘩になったこともあります。

 

その喧嘩の最中に何で母と結婚したのかを尋ねた時、「ちょうどいい女だと思ったから」と答えていました。

 

母は家事が上手で働き者であまり自己主張せず我慢強い性格ですから、そんな母は父にとって、まさに『ちょうどいい人』だったのでしょう。

 

「〇〇なところが素敵だったから」とかではなく、「ちょうどいい女だと思ったから」

 

こんな言い方をされて雑な扱いを受けてまで、我慢して結婚生活を送る必要があったのか・・・。きっと母も心の中では、心底後悔していることでしょう。

 

 

子供が好きじゃないなら作るな!

女は25歳くらいまでに、男は30歳くらいまでに、結婚するのが当たり前だった時代。年頃になっても結婚できない人がいると、周りがお節介を焼いてお見合いさせて、半ば強引にくっつける。

 

そんなお節介な時代が生んだ、世間体を取り繕うためだけの愛のない形だけの結婚。そしてそんな愛のない結婚によって、この世に誕生させられた私。

 

しかも欠陥だらけの遺伝子を背負わされて・・・。

 

髪が薄い・足が短い・永久歯が通常の半分しか生えない・てんかん不眠症。その上、父親による暴力。

これだけのものを背負って生きてくるのは、死にたくなるほど辛かったです。

 

欠陥遺伝子についての詳細はこちらに書きましたので、もし興味があればご覧ください。

dakedo-ikiru.hateblo.jp

 

欠陥だらけのこんな体でも、愛し合った上での結婚で、好きな人と温かな家庭を作りたいと、そんな思いで誕生させられたのならば、こんな体でも産まれてきてよかったと、思えたのかもしれません。

 

 

親が底辺だと子供も底辺になりがち

ただ世間から一人前に見られたいがためと、老後の面倒を看させるための駒が必要で子供をつくったから、こんな事態になったんじゃないかとさえ思えます。

 

適当な気持ちで子供をもうけ、死なない程度に食事を与えるだけの子育てじゃ、負け組になるのもある意味当たり前だと思ってしまう私は、ひねくれているでしょうか。

 

学ぶことの大切さを教えることもない、塾に通わせることもない、成績が悪くても知らん顔。子供の学費に使うより自分に使いたい。

 

そもそも両親とも中卒という頭の悪さなので、遺伝子的に考えて、子供のIQだっていいわけない。

 

その結果、娘は引きこもりのニート。息子はいちおう正社員で働いていますが、残業がなければ手取り20万円にも満たない、負け組サラリーマン。

 

親が底辺だと子供も底辺になりがちっていうセオリーがあるけど、まさにその通りすぎて、泣きながら笑ったことがあったっけ。

 

 

頑張って耐えても相手が悪いと報われない

それでも父は、母と結婚できて幸せだったことでしょう。

 

自分勝手に振る舞っても、母はほとんど言い返すことなく耐えて、私が頑張れば何とかなると、家事に育児に仕事にと、身を粉にして働いたのですから。

 

当然のことながら母は父のことが大嫌いで、子供のころから現在に至るまで、数えきれないほど父への不満や愚痴を聞かされてきました。

 

「その不満を私に言うんじゃなくてアイツにぶつければいいじゃん!」と言ったことも何度もあるのですが、「あの人に言ったって癇癪を起すだけで何も変わらない。怒鳴られて嫌な思いをするだけ損だ」と言って、母は父に言い返すことを完全に諦めていました。

 

それでも反論すべきことや自分の言い分など、言うべき事は言わなきゃいけなかったと、私は思っています。

 

優しく我慢強いのは母の長所でもあるけれど『事なかれ主義』みたいなとなところがあって、そのせいでよけいに父を調子ずかせたように思います。

 

お洒落する時間も遊びに行く時間もなく、睡眠時間すら人並に取れない生活を送りながら懸命に働き、それでも私たちには笑顔で接してくれた優しい母。

 

あんなに頑張ってきた母が幸せになれないなんて・・・。

 

ブラック企業でどんなに頑張っても報われないのと同じで、最低男にどんなに尽くしたところで報われやしない。最低限、人間としての温かさや知性を持った人とじゃないと、結婚なんてしちゃいけない。

 

 

愛のない結婚を本当に後悔するのは老後である

仮面夫婦の副作用が特に強くなるのは、なんといっても老後です。

 

定年後に一緒にいる時間が増えても、仲の良い夫婦ならその時間を楽しく過ごすことができます。けれど仲が悪ければ、一緒の時間は苦痛でしかありません。テレビを見るのも別々の部屋なので、無駄に電気代がかかります。

 

そして更に老いが進み介護が必要になったとしたら、嫌いな相手に介護したり・されたりするわけで、それってかなり悲惨ですよね。年を取ると病院へ行く機会も増えますが、仲の悪い夫婦だと、一緒に病院へ行くことすら苦痛となります。

 

うちの場合は父が家事能力ゼロなので、もし母に介護が必要になっても、何もしないというか、できないでしょうけどね。挙句に相手の話を聞いて質問したり、今後どうすればいいのか判断したりもできないため、病院への付き添いすら役不足です。

 

愛のない結婚でもお金があればお金で解決できることも多いので、まだ救いがあるのですが、うちの場合はお金もないので、事態はさおさら悲惨です。

 

お金もない・愛もない夫婦の老後ときたら、本当に悲惨ですよ。これ生きている意味あるのかな? って思うほどに、悲惨で空しいですよ。それを目の当たりにしている私が言うのですから、間違いないです。

 

以前母に、「今までの人生で一番幸せだったのはいつ?」と尋ねたことがあります。すると母は、「就職してから結婚するまでの間かな」と答えました。

 

「家が貧しくてそれまで大した物が食べられなかったから、自分のお給料で美味しいものを食べたり旅行に行ったりできるのがとても楽しかった」と、嬉しそうに当時の思い出話をしてくれました。そして涙ぐんでいました。

 

誰と結婚するかによって、良くも悪くもその後の人生はガラリと変わります。例え貧しくとも、「この人と一緒になったことに後悔はない!」と、胸を張って言える相手と結婚するべきです。

 

惰性でなんとなくとか、もういい年だから誰でもいいと思ったとか、そんな理由での結婚は、絶対にするべきではありません。

 

独身は不安だし寂しいけれど、愛のない結婚をするくらいなら、お一人様でいる方が、よほどマシなのではないでしょうか。

 

 

後悔のない人生を・・・!

 もし今、不幸な結婚生活の中でドロドロとした感情がフツフツと煮えたぎっているようならば、我慢して結婚を続けることが、最良の選択とは思えません。

 

インターネットの発達によりいろいろと情報を得られるようになり、今はこのような場所で相談機関も探せる時代です。

 

不毛な結婚生活に耐えるだけでなく、離婚という選択肢を考えることで、未来を明るいものにできるかもしれません。

 

我が家の場合は、母が「事なかれ主義」なことと、良くも悪くもとにかく我慢強い人なので、離婚はかないませんでしたが、娘の立場から言わせてもらうと、母にはもっと勇気と行動力を持ってほしかったです。あんな男とは離婚して、新たな人生を踏み出してほしかった。

 

優しくて働き者の母なので、もっとまともな相手とさえ結婚できていたら、人並み以上の幸せを手にできていたのではないかと思うのです。そう考えると悲して切なくて、自然と涙がこぼれます。

 

この世から母のような不幸な結婚生活を送る人が、1人でも減ることを願って止みません。人生1度きり。

どうか後悔のない選択を!

 

それでは今日はこのへんで。コノハでした。 

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